【第2話】僕の人生からサラリーマンという選択が消えた

第2話：僕の人生からサラリーマンという選択が消えた

子供の頃、僕は将来会社員か公務員になると確信していました。

小学生までは比較的真面目な子供でした。

先生たちの発言にはすべて従い、
一生懸命いい子になろうとしていました。

服の裾をはみ出させることすら躊躇する中学生でした。

帰宅途中も買い食いなどは絶対にせず、
監視のない場所でも目には見えないものからの処罰を恐れました。

いつも怒られている不良たちを見て、バカだなぁと思いました。
でも彼らに対する劣等感はいつもありました。

毎日12時は寝て、7時前には起きていました。

当然モテませんでした。

真面目にしていますが、勉強はからっきし苦手でした。

テストではいつも下から数えた方が早く、
小学校を卒業してからはテストで満点をとったことがありません。

両親が高校卒業をしたら就職しろと言いましたが、
僕はたまたま手に取った頭文字Dという漫画の影響で、
自動車整備士の道に進みました。

そして、自動車の専門学校を卒業し、
自動車整備士として大企業のカーディーラーに就職をしました。

そこはいわゆるブラック企業で、
上司の指示に従って毎日深夜まで労働をしました。

僕ら社員はひたすら働き、ご飯を食べて、
クタクタになって帰って寝るだけという
家畜と同じ生活を送っていました。

くる日もくる日も同じ動作をループしていました。

僕の生活の大部分は、
自動車整備工場のルーチンワークに消えました。

僕は今後40年以上の労働を思うと、恐怖に震えました。

一度しかない人生を、会社に根こそぎ奪われる気がしました。

節税のために法人化した頃には、
周りの人は就職しろと誰も言わなくなりました。

僕の人生から、サラリーマンという選択が消えました。

ぼろぼろの工場での作業着、
年に一度着るスーツとネクタイが消えました。

時計が消えました。

土日が消えました。

祝日が消えました。

通勤時間が消えました。

時給という概念が消えました。

嫌いな上司が消えました。

残業時間が消えました。

無理に嫌いな会社に通う必要もなくなりました。

気づけば色々な義務や束縛がなくなっていました。

時間とお金だけが手元にありました。

カレンダーを見ても、どこまでも白紙でした。

それまで熱心に走ってきたレールが突然消え、
前後左右どこを見渡しても地平線が広がっていました。

毎日起きたら、
「今日は何をしようかな」と考えるところから始まりました。

あるとき、北海道登別温泉に行きました。

平日の昼間は老人しかいませんでした。

老人たちにまぎれて、僕は一人身体を洗いました。

サウナ室にテレビがあったので、ぼんやりと見ていました。

経済のニュースでした。

現在の不況に対する不安を、
サラリーマンたちがテレビにぶちまけていました。

「急にリストラされた」

「給料が上がらない」

「給料が下がった」

「ボーナスが減った」

「嫁からの小遣いが減った」

「就職氷河期」

僕もこれまでは、そういったニュースに興味を持っていたはずでした。

しかしそのときは、
彼らが別の惑星の話をしているのではないかと疑ってしまいました。

本当に同じ星で生活をしているのかと本気で思いました。

それらは僕にとって、あまりにも無縁な言葉たちでした。

品川に住んでいる友人を訪ねたとき、朝の電車に乗りました。

電車はサラリーマンや学生でごった返していました。

決められたスケジュールに分単位で従い、
会社や学校に大急ぎで向かう人たちの群れを見て、
僕は座ったまま口を開けて眺めていました。

彼らは猛烈な勢いで電車になだれ込んでいきました。

その光景を見て、地球の反対側の
知らない国に住む人たちを見るような目で彼らを見ました。

ある日、朝のテレビの占いで、

「今日も元気に仕事を頑張りましょう！」

と美人アナウンサーに言われたとき、
僕は彼らの社会からすっかり弾き出されたのだと知りました。

これからは一人で生きていかないといけないぞ、と改めて思いました。

第3話へ続く。

【第3話】月収500万円の憂鬱 ・第1話：はじめに ・第2話：僕の人生からサラリーマンという選択が消えた ・第3話：月収500万円の憂鬱←現在のペー...

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